八代北ロータリー大会のスナップ
 旧八代郡の公式行事の最後の大会であった八代北ロータリー大会は、6年生にとって最後の大会になるため、毎年、すばらしい試合が繰り広げられてきました。令和5年の大会が第44回の記念大会になりました。40年もの長い間、この大会を運営してきて下さった八代北ロータリークラブの皆さんには感謝の気持ちしかありません。

 第1回から第37回までは、旧八代郡を中心に実施してきましたが、少子化の影響でチーム数も減少したために、2018年の第38回大会から、旧市も入れての拡大大会となり、大変盛り上がりました。。

 2003年から決勝戦では、対戦するチームの選手全員の名前をアナウンスし、全九州大会や全国大会の決勝戦と同じような演出も行って、少しでも盛り上がるようにしています。
 2004年から2008年まで、6年の決勝は、文政−千丁というカードになり、息の抜けないいい試合ができました。2012年は、6年の部の6連覇をかけて6年7名が力を合わせて頑張りましたが、ライバル千丁との決勝、フルセットまで持ち込むも惜しくも負け、6連覇はなりませんでした。しかし、その決勝戦は、どちらが勝ってもおかしくない素晴らしい試合でした。
 それ以後も、この大会では幾多の名勝負が繰り広げられてきました。この記念写真の中にはその後の春高やVリーグにつながるような子ども達も写っています。

 閉会式も終われば、1年間、ライバルとして頑張ったバレー大好き仲間同士の記念写真。「これまでありがとう。中学校でもバレーボールを続けてね。いい試合をしてほしいですよ」という気持ちを込めての記念写真です。
2024年度
(令和6年度)  
 
  2024年度は第45回大会となり、熊本ヴィレックスのGM早瀬省吾さんとキャプテン長嶋郁弥さんも来られて、盛大に開催された。5年以下の部では、創部1年目のGLANZ八代が
決勝で氷川ジュニアをフルセットで破り初優勝した。また、6年の部では、鏡VBCが平成13年度(2001年度)以来の優勝を飾った。5年生大会も同じ組み合わせで、その時は、金剛が優勝した。
本当に素直な子ども達でバレーボールが大好きだった鏡の6年生。この1年間、本当に真摯にバレーに取り組んできたことが実を結んだと思う。インフルエンザや胃腸炎、コロナもまだ、残る中で
体調管理の大切さが分かる大会だった。また、この大会期間中、寒波がやってきて非常に寒い中での開催になった。
 2023年度
(令和5年度) 
 
  コロナが5類に移行し、大会も以前のように実施できるようになったこの年は、八代ジュニア男子が、4つの県大会を全て制覇し、久しぶりに全国大会出場を決めた年であった。女子は、長嶺JVCが
全国大会を決めて、2月に実施された山本隆弘主催の「t-five小学生バレーボール大会で優勝した年でもある。この年の北ロータリー大会の決勝は、その八代ジュニア男子と八代金剛ジュニアが戦った。第2セットは、デュースにまでもつれる展開となったが、ジュニア男子が逃げ切り、優勝した。この年は、男子の部員が各チーム増えて、混合チームとして戦うチームが目立つ年になった。
2022年度
(令和4年度) 
 

               2023年チャンピオン 八代金剛ジュニア
  コロナ禍4年目のこの年、オミクロン株で第8波で感染者数もふくれあがる中、少しずつ元の大会形式に戻しながら、予定通りに大会を実施することができた。それでも、コロナウイルスの感染で大会参加ができなかったり、年明けから急に増え始めたインフルエンザによって、やむなく大会に参加できなかった選手は、そのユニフォームや写真を仲間が持ってこの全体写真に入れていた。
各チームに男子選手も増えてきて、混合での登録をして県大会に出場するチームも増えてきた。全九州大会が冬の12月に熊本県で開催されたこの年、地元の菊池ジュニアと日吉JVCが男女アベック優勝した年でもあった。最後の北ロータリー大会決勝では、金剛と千丁がフルセットの熱戦の末、金剛が連覇を果たした。中学校でもぜひ続けて、バレーボールを通してく繋がった友達関係をこれからも保ってほしい。そう願ってやまない。
2021年度
(令和3年度)  
 
  2021年度も、コロナ禍で大会が中止や延期になり、とてもかわいそうな年になった。特に、年明けにオミクロン株の急激な流行のためにまん延防止等重点措置が適用され、熊本県は長期に渡り体育館の貸し出しが禁止され、練習すらできない状況が続いた。何とか3月21日にまん防が解除され、練習も再開され、少ない練習ではあったが、3月27日に6年の部のみ何とか開催できた。優勝した金剛ジュニアは、全九州大会沖縄大会にも出場し、3位トーナメント優勝という結果を残した。この北ロータリー大会にエースは出場できなかったが、堂々の優勝であった。
2020年度
(R2年度)  
 
 昨年度の北ロータリー大会の後、新型コロナウイルスの流行のため、緊急事態宣言が出されて学校も休校になり、大会はおろか練習さえもできなくなって、この6年生は厳しい環境の中
で頑張ってきた子ども達でした。県大会も全日本小学生大会、熊日学童五輪大会、県小学生大会が中止になり、それに替わる選手権大会を急遽、開催されただけでした。八代協会でも、大会が延期になり、何とか協会長杯、協会長旗、そして、この北ロータリー大会を開催することができただけでした。この年の決勝戦は、毎回、金剛ジュニアと氷川ジュニアの対戦となり、
いずれも金剛ジュニアが勝利しました。しかし、回を重ねるごとに全チームのレベルが上がり、熱戦が繰り広げられた年でした。ここに写る6年生が全員、中学でもバレーボールを続けてく
れることを願っています。
 2019年度
(R元年度) 
 
平成から令和に変わった2019年度、5年生の優勝旗から優勝カップに変わりました。この年は、金剛ジュニアと八代ジュニア男子が決勝を戦い、金剛ジュニアが優勝しました。金剛ジュニアは5年の部も優勝し、ダブル優勝となりました。しかし、 この年の大会は各チームの力が伸びてきて、フルセットが多く大会終了が6時になってしまいました。社会体育になり、男女混合も増え、力が拮抗してきていることの証だと感じました。令和になり、新しい風を感じた大会でした。ちょうど、この大会の時に中国から始まったコロナウイルスが熊本でも出て、全国で行事の自粛が叫ばれていた中での大会でした。みんな、中学校でもぜひぜひバレーボールを続けて下さいね。指導者全員の願いです。
2018年度
(H30年度) 
 
  平成30年度は、例年使っていた文政小学校を借りることができずに、鏡小学校と氷川町の竜翔センターを使用しての開催となった。また、この年に
北ロータリークラブさんが6年生の部の優勝旗を新調して下さった。 大会は、決勝戦で八代ジュニア男子と金剛ジュニアが闘い、2−0で初めて八代ジュニア男子が優勝した。小学校部活動としての最後の大会であったが、卒業生の写真を見ると、市郡合わせても人数が少ないことが分かる。
2017年度(H29年度)

 
 平成29年度より、旧郡と旧市を合わせ拡大大会として新たな歴史を刻むこととなったこの大会。一気にチーム数も増えたため、4年生大会は廃止した。また、文政小のバレー部が休部状態なので、大会会場としての使用を日曜日の6年生の部だけとした。(メインを文政、サブを千丁)5年生大会は、メインを久しぶりに鏡小にし、サブを千丁とした。
 新たな歴史の1ページ目に優勝したのは、魁(さきがけ)VBCだった。今年度途中に新たに立ち上がったチームが最後の舞台で花開いた。しかし、決勝は金剛ジュニアとのまさに死闘であった。レシーブのしっかりした両チームはなかなかボールを落とすことがなく、フルセットまでもつれて、最後に魁が優勝した。
 この年度の6年生の集合写真である。この大会をもって6年生の大会は終了となり、このチームで試合をすることはもう二度と来ない。ぜひ中学校でも頑張ってほしいものである。
2016年度
(H28年度) 
 
     平成28年度は、千丁と宮原の決勝となり、千丁が優勝した。この年は伝統校の文政VBCが部員がいなくて休部になる最後の年であった。せっかく文政小学校の体育館の床が綺麗になり、セッターコートも作られるようになったため、決勝はそのセンターコートで実施した。次年度以降、チーム数の減少で大会の運営を考えなければいけない時期に察してきた。文政VBCには、必ずや復活を望む。
2015年度
(H27年度)  
 
  この年の決勝も千丁と竜北東となった。結果はフルセットの末、千丁に軍配が上がった。
2014年度
(H26年度)   
 
 この年の八代の大会は、金剛ジュニアが断然強く、八代協会の大会では金剛ジュニアと竜北東が毎回、決勝を戦ったが、金剛ジュニアが勝利した。この年の金剛ジュニアは、県大会でも滑石に次いで2位を獲得するような素晴らしいチームであった。
 
  この年の決勝は、竜北東と千丁だった。共に1年間、練習試合や大会で頑張ってきた両チーム。中学での頑張りを期待したい。
2013年度(H25年度)     
 現在、写真を準備中です。
 
 
 2012年度
(H24年度)
 
 2013年を盛り上げてくれた旧八代郡6チーム。この年は、竜北東と金剛ジュニア、八代ジュニアの壮絶な試合が毎回、繰り広げられ、八代の大会は竜北東が勝った。しかし、この北ロータリー大会は竜北西部に敗れて、幕を閉じた。
 
 6年の部優勝の竜北西部と5年の部優勝の千丁
2011年度
(H23年度)
 2011年を盛り上げてくれた旧八代郡6チームの6年生の記念写真です。少子化の中、一緒に頑張ってきたこの子達がそのまま中学校でもバレーボールを続けてくれることを望みながらシャッターを切りました。
 永遠のライバル関係にある文政-千丁。今年はフルセットの末、千丁が勝ちました。この日、欠席だった千丁7番の子もここにちゃんと入っています。
 しかし、本当にこの大会の6年決勝は見応えのある素晴らしい試合をしてくれました。中学校でも頑張れ!!!
2010年度
(H22年度)
 2011年の大会後の全6年生の記念写真。総勢41名の平成22年度旧八代郡6年バレーボーラーである。明るい笑顔が心に残った。中学校でも頑張ってほしい。
 2008年以来の文政−千丁の決勝となった。どちらも速攻を交えながらの攻撃を得意としていた。
この年、この千丁6年が旧八代郡で初めて本格的なランニングフローターを実践で使用してきた。
2009年度
(H21年度)
 2010年の大会の閉会式後に撮った卒業していく6年生全員の記念写真を撮った。総勢50名、共にバレーボールを通じて戦ってきた仲間である。
 2010年の決勝戦も昨年度に引き続き、文政と鏡っ子という対戦になった。しかも、この日二度目の対決が決勝という大舞台であった。結果は、予選では敗れた文政が2−0で鏡っ子を破り、見事4連覇を達成した。今回は、2日間開催で行ったが、フルセットも多く、全日程終了が夕方の5時近くまでかかった。さすが30回目にふさわしい大会になった。ちなみに5年の部、4年の部は千丁が2連覇を果たした。・
2008年度
(H20年度)
 2009年は決勝は文政と鏡っ子という2003年(平成14年度)以来のカードになった。あの時は、鏡っ子に軍配が上がったが、今回は、2−0で文政が勝った。今回は日程の関係で1日開催ということになったが、最後は指導者連合と6年生の対抗試合も平成13年以来7年ぶりに実施し、笑顔の大会となった。この写真は、大会終了後、共に頑張ってきた旧八代郡チームの6年生を集めて(残念ながら宮原が入っていない)の記念写真である。中学校でも本当はバレーボールで汗を流して欲しいと願っている。これで、文政は3連覇を達成した。
2007年度
(H19年度)
 2008年も決勝は千丁との戦いになり、これで5年連続のカードとなった。文政VBCは昨年5年生で取った優勝旗を今度は6年生になりもう一度取りに行くという形になった。インフルエンザの流行で今年もいいチーム状況ではなかったが、どちらもよく頑張った。試合は、文政が2−0で勝ち、V2を果たしたと同時に、2004年度からの結果が3勝2敗と勝ち越した。
2006年度
(H18年度)
 文政VBCはすべて5年以下で、この日はインフルエンザの流行でエースは病み上がり、レフトは欠席という厳しい状況。しかもエントリーの関係で、ベンチ入りが7名という状況で千丁6年チームと戦った。千丁小も同様に厳しい状況だったが、どちらもよく頑張った。試合は文政の2−0で文政が優勝した。この結果、2004年からの通算成績が2勝2敗の五分になった
2005年度
(H17年度)
学童大会、市郡大会が文政、会長杯とこの北ロータリー大会が千丁と互角の戦いを1年間演じたライバルチーム。最後は、2−0で千丁に軍配が上がった。みんな中学校でもライバルとして頑張ってほしいのだが。
2004年度
(H16年度)
6年生3人で頑張ったが、2−1で千丁に敗れた後の記念写真。負けて悔いなし。中学校で1人しか続けてくれなかったことは今でも残念だが、その子は今年、主将として鏡中を引っ張っている。
 なお、ここに写っている千丁小の子達が千丁中で活躍し、新人戦の九州大会に出場する。
頑張ってきてほしい。
2003年度
(H15年度)
 文政VBCが、2−1で優勝した後の記念写真。ほとんどが中学校で頑張りました。特に、鏡中と千丁中の戦いは大変熾烈で結果として、両チームとも県レベルでもいい成績を残しました。
 2002年度
(H14年度)
 
 
この年は、鏡VBCから分かれた鏡っ子クラブが文政VBCを下して優勝した。鏡っ子クラブは熊日学童五輪で準優勝、文政VBCは11月の県大会で3位に入るいい
ライバルチームだった。卒業後は鏡中で1つのチームになり、県大会でも活躍した。
 2001年度
(平成13年度) 
 
  この年は、鏡VBCが、5年の部と6年の部で優勝した。5年の部で優勝したチームが次の年度に鏡っ子クラブになった。大会結果表では、なぜか「鏡jr.」と標記していた。
 2000年度
(平成12年度)
 
  この年は、鏡と文政が決勝で戦って、鏡が優勝した。2000年は、全九州大会が第15回記念大会で、出場枠が1つ増えたために、全日本大会県予選の優勝は全日本へ。
残りの3位までは全九州へ。さらに、ベスト8から5位になった1チームが全九州へ、6位が大分県で行われる九州スポーツ少年団交流大会へ出場できた。その結果、鏡と文政が
闘い、鏡が全九州、文政が九スポへ出場した。北ロータリー大会の決勝もとてもレベルの高い試合となった。、